
ついったのワンライ企画に投稿したもの。
大戦時イツフタのお話…?やまもおちもないお話になってしまいました…ううう。
お題は「金色の波」にございました。
静かに地響きのような唸りが聞こえる。
皓々と差し込む月明りも弱まる雲の中を、巨大な戦艦が身をひそめながら飛んで行く。
索敵を掻い潜るよう極力光を落された船内では、哨戒に立つ者を残しておよその侍は目を閉じ体を休めてる。
その暗い廊下を音を立てずに歩き、カンベエは外へと通じる通用口を開けた。
夜の冷えた空気が風圧を伴って頬を撫でる。煽られた髪が生き物のようにうねり、ごぅっと、風音が周りの静寂を消し去った。
ゆっくり暗い雲の中をすすむ戦艦の様は、その形からさながら海の中を泳ぐ鯨のようにも見えた。
高度は少し低いだろうか、所処薄くなる雲間に、地上の明かりが見えた。
通用口の扉を閉め、そのままその上に伸びる廂へと視線を向ける。
背丈以上の高さはあるが、普段駆け巡る戦場で鍛え上げられた足は助走をつけずとも難なく飛び越え、カツ、と、小さな着地音を立てて少し平らになった屋根の上へと飛び乗った。
なぶる風は依然強く、軍服を激しくはためかせる。
風をはらんで膨らむのをそのままに、カンベエは眼前に広がる空間へと視線を巡らせた。
雲の中を航行しているのだから当たり前のことなのだが、いつもは見える空はなく、霧のような靄のような、霞がかった景色しか見ることはできない。
しかし、普段飛び回る空の喧騒は今はない。
ただごうごうと風を切る音と、普段より抑えられた駆動音が聞こえるだけだ。
最低限の人員しか動いておらず会話らしき声も聞こえてくることはない。
風のただなかにいるような感覚に、カンベエは薄く口元を釣り上げた。
(――空をとぶとは、よく言ったものだな)
戦場では斬艦刀へ乗り、機械の侍を掻い潜り、本丸を急襲する為に空へと足を投げ出す。
落下しているのであろうが、たまに感じる妙な浮遊感がカンベエは嫌いではなかった。
リンと鳴る耳飾りの澄んだ音と、己の刀が敵を切り裂く音。そのあとに続くのは爆発音。
掴むものが何もない空中に投げ出されて頼りになるのは己の腕だけで、散らばった破片を見ながら足場に使えそうなものを見つけては方向を変える。
どちらかと言えば飛ぶというよりは跳ぶといった方が正解かもしれないが、それでも自分の足で空を駆け巡るのは楽しかった。
皆、足がつかない空中を生身でとぶのを怖がるのだという。しかし、カンベエは軍人として空をとび始めてこの方、とぶ事への恐怖は感じたことがなかった。初めて立った戦場はどちらかと言えば、新しい世界への期待感が大きかった事を、うっすらと覚えている。
腰にさした刀の柄に手をかける。鋼の冷えた感触が手袋の上からでも伝わってきた。
隊長を務めるようになり、隊を率いる事が自分の責になってから「無謀だ」と叱られた事もあったが、最近はそれもなくなってきた。それは何時頃からだろうか、と考えを巡らせようとしたが、それは慣れ親しんだ声に阻まれた。
「カンベエ様」
通用口を出てすぐ。こちらを見上げる瞳と目が合う。
「なんだ、お主も起きていたのか」
笑みの形に口を歪め、小さいが低くよく通る声がシチロージの耳に届いた。
風斬りの音の中、決して大きく発せられてはいないそれをなぜか知覚できるその事実に、よほど自分も馴らされたものだと可笑しくなり、シチロージは自然と口元に笑みを浮かべてしまう。
「なかなかお戻りになられませんでしたので、もしや哨戒にでも捕まったのかと思ったのですが」
軽口をたたけば、苦笑が返ってきた。
「そちらへ登っても?」
問いに言葉は帰ってこない。代わりに半歩、カンベエが右へ寄った。シチロージも同じように屋根の上に上る。
「予定ではあと少しのようですが」
カンベエの横に立ち、同じように前を見据える。暗く、あまり表情は読み取れない。
「もう少し休んでおればよかろうに」
「あと少しで他の皆起きだすとはおもいますよ 少しだけ早く起きてしまっただけです」
気配に敏い侍のことだ、およそカンベエが部屋を抜けだした時にはもうすでに気づいているのだろう。
どのぐらいの間ここで過ごしていたろうか、そう思って顎に当てた己の手の冷たさに副官が来た理由を察した。予想よりずいぶんと長く居たようだ。
「何か見えますか」
出た時分よりは少し薄明るくはなっているが、いまだ雲の中だ。艦の駆動音と風を切る音だけが聞こえてくる。
「いや、なにも」
ふる、と、頭を揺らすと、風の流れだけに従順だった髪が不規則に揺れた。
チリンと大ぶりの耳飾りが音を立てる。
「こうも雲の中じゃどこにいるかわかりにくいとおもうんですけどねぇ…聞けばアチラさんの紅蜘蛛の索敵を頂戴したとかなんとか」
技術の進歩は目覚ましい。戦にいきるとなれば、なおのことだ。
「私としてはもうすこし最新型の足が欲しいところですけれども」
「よく言う 先の最新駆動でも物足りぬと言っていたではないか」
共に戦場を駆けるこの青年の操舵の腕はカンベエも他の工兵も認めている。わざわざ最新鋭の試験飛行の操縦士として呼ばれるぐらいには、名は通っているはずだ。
その、試験飛行に使われる最新鋭の足をもってなお、足りないというのだが。
「もう少しこう、鳥みたいに思った方へすぐ向けると良いんですけど」
ぐにょぐにょと腕をくねらせておどけて見せるシチロージに、思わず苦笑する。
推進力と慣性と。人工物ではなかなかそのあたりの制御は難しい。
「工作方が泣いていたぞ、もう少し手加減してやれ」
シチロージの出す注文は難しい。先日も工兵が一人、どうしたものかと頭を抱えていたのを思い出す。
だがしかし、技術というのはそうして一歩一歩前へ進むものだという事も、お互い理解はしている。だからこその言というのもあるのだろうが。
「でも、そうじゃないとあなたについていけなくなるじゃないですか」
風の中でも聞き取れるその声は凛としていた。カンベエは上長に泣きついていた工兵の顔を思い出し、心の中で一人小さく詫びを入れた。
不意に、足元の駆動音が高くなった。傾いだ甲板の上でふんばってやり過ごす。そんな2人にはお構いなしに戦艦は徐々に高度を上げていき、ついには雲を突き抜け、高層域の雲と、下層の雲とのはざまに飛び出した。
目の前には一面に雲海が広がり、進行方向からはまぶしい光が差しはじめていた。
朝日の光の強さに少しカンベエは目を細めた。色素の薄い瞳に日が差し込み、不思議な色をたたえる。
隣に立つシチロージも同じく目を細め、日の光を遮るよう片手を持ち上げる。
次の戦場まであと少し。
昇り始めた太陽が、雲海を金色に照らし出す。雲海をゆっくりと力強く進む戦艦の様はさながら金色の波の中を悠然と泳ぐ鯨そのもので、空の上であることを一瞬忘れる程だ。
海を悠然と揺蕩うことをやめ、丘に昇ったその鯨はそのなりを丸っこく変え煌びやかな装飾と無骨な砲台、そしてたくさんの侍を乗せ、空を飛ぶことを始めた。
そして後いくばくかの時がたてば、戦火の中を泳ぎ始めるのだろう。
次の戦場までは、あと少し。
隣を見れば、漸くシチロージの青い瞳の色を確認できた。
空を溶かしたような色だ、と、カンベエは思ったことがある。そして誰より、空が似合う侍だとも思っている。
視線を前に戻すと、空の端へ白い月が取り残されていた。
「あと数刻で出る。準備をしておけ」
鯨の揺蕩う金色の海は、まだ開けたばかり。鬨の声にはまだ早い。
代わりに風の吹きすさぶ甲板に「承知」とシチロージの声が響いた。